ラッパーAK-69のプロフィール紹介|その壮絶な生い立ちから最新の人気曲まで徹底解説

アンダーグラウンドの空気が強かった日本のHIPHOPシーンで一躍頭角を現し、日本全国にAK-69旋風ともいうべきブームを巻き起こした伝説のラッパーAK-69。

「日本で一番稼いでいるラッパー」を自称するほど多くのお金を稼ぎ、数々の名曲とエピソードを生み続けてきたAK-69はまさに日本語HIPHOPを語るうえで絶対に抑えておきたいラッパーでもあります。

今回はそんなAK-69の人生を振り返りながら、彼の人気の秘訣を探っていこうと思います。

日本語HIPHOPシーンの過去、現在、未来を語る上で絶対に欠かすことの出来ないAK-69のアレコレや、聞いて欲しいおススメの楽曲もたくさん紹介いたしますので、ぜひ最後までご覧いただければと思います。それでは早速Check it out!

pucho henza

「AK-69は◯◯いう過去を、△△で乗り越えた。」

目次

AK-69のプロフィール

アーティスト名AK-69
本名武士 尋己(たけし ひろき)
年齢45歳(1978年8月28日 生まれ)
身長 169㎝
出身地愛知県小牧市
拠点(レペゼン)名古屋
学歴春日井高校(愛知県)中退
所属レーベルDef Jam Recordings


AK-69は名古屋を拠点に日本全国で活躍するラッパーで、現在は過去にNITRO MICROPHONE UNDERGROUNDのDABOやS-WORD、TOKONA-X等も所属したキングオブ・レーベル、Def Jam Recordingsに所属し活動をおこなっています。

またAK-69は「諦めない闘志」をテーマにした楽曲が多いことから、AK-69の楽曲を登場曲にしているアスリートが多いことでも知られています。

その中でも有名なのはプロ野球球団、読売ジャイアンツの坂本勇人選手や、総合格闘家の朝倉海選手などでしょうか。

坂本勇人選手は「無理だと思いながらも、お願いしますよと言ったら、作っていただいて、ずっと使わせていただいているので感謝です」とAK-69とのエピソードを語っています。

AK-69のラップスタイル

都会的なスタイリッシュさと、名古屋特有の力強さがミックスされたAK-69の楽曲は、ファイティングスピリット溢れるものが多いのが特徴です。

リリックも「諦めない心」や「克服する強さ」などをテーマに綴られたものが多く、このあたりが数多くのアスリートからの支持を集めている理由でしょう。

またライブでは音響、照明、演出を全てセルフプロデュースでおこなうなど、ラップにかける思いが人一倍強いこともAK-69の魅力の1つです。

「俺は命を賭けてカッコつけてる」との言葉通り、他の誰よりも愚直にHIPHOPと向き合う姿に勇気や活力を感じることができるのがAK-69のラップスタイルの特徴です。

AK-69の名前の由来

AK-69の名前はかつてソビエト連邦が使用していたアサルトライフルの型名「AK-47」に由来します。

元々はマシンガンのようにラップをスピットするという意味を込めて「AK-47」名義で活動していたそうですが、友人でもあるDJ MOTOに「女の尻ばかり追いかけている」と言われたことをきっかけにAK-47もじったMCネームであるAK-69に改名したそうです。

またAK-47は別名「カラシニコフ」とも呼ばれていることから、デビュー当時はAK-69 a.k.a. Kalassy Nikoffの名義で活動することも多くありました。

ラッパーとしてはAK-69で活躍する一方、シンガーとしては Kalassy Nikoffとして活動するなど、名義を使い分けながら活動していた時期もありますが、現在では名前が統一され、どの活動でもAK-69として活動しています。

荒れた学生生活から始まるAK-69の人生

幼少期

・1978年に愛知県小牧市に生まれる
・幼少期から有名なやんちゃ少年として育ち、保育園の先生をよく困らせる

小学校~中学時代

・剣道部に入部し、剣道少年として育つ
・喧嘩を繰り返し、喧嘩相手を病院送りにするなどグレた生活を送り、少年院にも入る

高校時代

・地元の進学校として知られる春日井高校に入学
・通学路で一緒になる生徒とよくケンカをし、荒れた毎日を過ごす
・高校を中退

高校中退後

・少年院に入ったことをきっかけに自分を見つめ直し、音楽をやりたいと感じるようになる
・中学校時代の友人とB-NINJAH&AK-69として音楽活動を開始
・2004年Kalassy Nikoff名義でシンガーとしてソロでインディーズデビュー

デビュー後

・2007年「Ding Ding Dong~心の鐘~」をリリースし、爆発的ヒットを記録
・2012年アメリカのニューヨークで8か月間に渡り音楽の武者修行をおこなう
・2014年自身初となる日本武道館でのワンマンライブを含むアリーナツアーを開催
・自身が代表を務める芸能事務所「Flying B Entertainment」を設立
・最王手レーベルDef Jam Recordingとメジャー契約を結ぶ
・シングルCD「Flying B」で2016年にメジャーデビュー
・2019年映画「影に抱かれて眠れ」にて俳優としてもでデビュー
・2020年名古屋城を舞台にLIVE:live from NAGOYAを開催しその様子をABEMAで独占配信
・ソロラッパーとしては最多タイとなる5度目の日本武道館ライブ「START IT AGAIN in BUDOKAN」を開催

現在

愛知県小牧市に生まれる

AK-69は1978年に愛知県小牧市に生まれました。

口うるさい母親と、いつもニコニコしている穏やかな父親の元で育てられたAK-69は、自身の家庭のことを「かかあ天下な家庭」と表現しています。

AK-69は父親の印象について「調子のいい人で、職場でも若い子から同世代にまで好かれる人間」だと語っている一方、仕事を転々とし、父親としての威厳もない姿には「いい人だけど、俺はこうなっちゃいかんっていう気持ちがありました」と明かしています。

そんな家庭でAK-69はお姉さんとの2人姉弟の末っ子として育ちました。

自身の音楽引き出しには「姉のやっていたクラシック音楽の影響が強い」と語ったこともあるAK-69は、家族仲のよい環境で育てられたようです。

やんちゃで喧嘩に明け暮れていた学生時代

幼少期から超が付くほどのやんちゃ坊主だったというAK-69は、保育園に通っているころから先生をしょっちゅう困らせていたと語っています。

小学校のころから習っていた剣道には真面目に取り組んでいたそうですが、素行の悪さは中学生になっても変わらず、通学路で一緒になった他校の生徒と喧嘩に明け暮れる毎日を送ったというAK-69。

喧嘩相手を病院送りにすることもあり、一時は少年院に入れられるほど荒れた生活を送っていたそうです。

私語厳禁の少年院内では歌も歌えなかったというAK-69はとある日、畑仕事でトラクターの担当を割り当てられます。

トラクターのエンジン音がうるさいことに気が付いたAK-69は、今が歌うチャンスだと思い、当時ハマっていたGLAYの楽曲「ずっと2人で」を彼女を想いながら熱唱してみたそうです。

しかし、トラクターのエンジン音では歌声をカモフラージュできておらず、懲罰を受けることになってしまったAK-69。

結局その後しばらく独居房で過ごすハメになってしまったと、当時の少年院でのエピソードを語っています。

B-Ninjah & AK-69としてユニットで音楽活動を開始

少年院に入っている時間で自分と向き合い「音楽がやりたい」と考えるようになったというAK-69は高校入学後、当時人気だった尾崎豊の音楽に感銘を受け、見よう見まねで楽曲の制作をスタートします。

高校を中退した17歳のころからは中学校時代の友人でもあるB‐NINJAHと共に「B-NINJAH&AK-69」として音楽活動を本格化させたAK-69。

当時はギャングスタラップを志していたそうで、警察をディスりまくった楽曲「The One Time -Wake Up My Homies-」は名曲でありながら、その過激な内容が問題となり、CDを自主回収するということになったという騒動にもなりました。

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