不可思議/wonderboyのプロフィール紹介|生い立ちから人気曲まで徹底解説

2011年に24歳という若さでこの世を去りながらも、死後に人気に火が付き、今では日本語ポエトリーリーディングの第一人者として広く認知されているポエトリーラッパーの不可思議/wonderboy

不可思議/wonderboyは、2011年の東日本大震災で多くの人が絶望する中、詩人である谷川俊太郎さんの詩を元にした楽曲「生きる」をチャリティーとして音源化し、音楽の力で日本を元気にしようとしたことでも知られています。

この記事をご覧の方の中にも不可思議/wonderboyというラッパーの存在をその死後に知ったという方も多いのではないでしょうか。

今回はそんな不可思議/wonderboyの人となりや楽曲を紹介しながら、彼の魅力をひも解いていきます。不可思議/wonderboyについて深く知ることで、日本語ラップが持つ力の新たな一面を知れることは間違いありません。それでは早速check it out!
 

pucho henza

「不可思議/wonderboyは〇〇という困難を、△△で乗り越えた。」

目次

不可思議/wonderboyのプロフィール

アーティスト名不可思議/wonderboy
本名石田剛
年齢23歳没(1987年12月30日 生まれ)
身長 非公開
出身地埼玉県
拠点(レペゼン)埼玉
学歴埼玉大学卒業
所属レーベルLOW HIGH WHO? PRODUCTION


1987年に埼玉県で生まれた不可思議/wonderboyは地元である埼玉県立川越高等学校を卒業後、埼玉大学の教育学部に入学しています。

生前の不可思議/wonderboyを知る人は彼の人となりについて「明るくて面白い子」だと口を揃えており、人懐っこい性格だったことがうかがえます。

不可思議/wonderboyのラップスタイル

不可思議/wonderboyのラップスタイルは、詩人が自作の詩を読み上げる行為を指す「ポエトリーリーディング」をラップに落とし込んだスタイルです。

人間の持つ本質や、人が生きる意味についての彼なりの解釈を、素朴でセンチメンタルなトラックに乗せたラップは数多くの人の心を打ち、高い人気を誇っています。

一方、伝説とも言われている路上ライブでは多くの人が目の前を素通りする中、たった6人の観衆の前で声を枯らしながら必死にラップする姿も残っており、その鬼気迫るライブ映像の中に不可思議/wonderboyの持つ魅力やパワーを再確認することもできます。

不可思議/wonderboyの名前の由来

不可思議/wonderboyはその名前の由来について”特に意味は込められていません”と発言しています。

不可思議/wonderboyは元々、大学生時代にクラブイベントでお酒を飲みながらはしゃいでいたことから付けられたあだ名の「ワンダーボーイ」という名前で新宿スポークンワーズスラム(SSWS)に出場。

大会で勝ち進んでしまい取り返しがつかなくなった為「不可思議」というワードを後付けし、不可思議/wonderboyとして活動することにしたそうです。

ちなみにSSWSとはポエトリーリーディングと音楽とを融合させたパフォーマンスで対戦相手と1vs1の勝負をおこなうトーナメント大会です。このSSWSには過去「革命」などの楽曲でも知られるMOROHAが参戦したことでも知られています。

観衆6人だけの路上ライブから始まる不可思議/wonderboyの人生

幼少期〜小学生時代

・1987年に埼玉県に生まれる

中学時代

・クラスメイトが聞いていたKICK THE CAN CREWの影響でラップに興味を持つ

高校時代

・埼玉県立川越高等学校に入学
・文化祭で友人たちとKICK THE CAN CREW「sayonara sayonara」の完コピを披露

大学時代

・埼玉大学の教育学部に入学し、リリックを書き始める
・SSWS(新宿スポークンワーズスラム)の予選を見学に行き、ポエトリーリーディングのスタイルに衝撃を受ける
・大学3年生の頃から名前を不可思議/wonderboyとし、活動を本格化
・YSWS(横浜スポークンワーズスラム)グランドチャンピオントーナメント優勝
・伝説として語り継がれる路上ライブを決行
・代々木公園で開催された野外朗読サイファーで詩人である谷川俊太郎や降神とのサイファーを経験
・「俊読~syundoku7~」に出演し再び谷川俊太郎と共演。「生きる」を披露
・2011年3月14日、自主制作シングル「生きる」を50枚限定販売し、一晩で売り切れる

デビュー

・2011年5月、1st Alubum「ラブリーラビリンス」を発表

突然の死

・2011年6月、不慮の事故により23歳の若さで急逝
・事故による死亡後、楽曲人気が高まる

埼玉県に生まれる

不可思議/wonderboyは、1987年に埼玉県に生まれました。

ラップと出会ったのは中学生のころで、クラスの不良っぽい子が爆音でかけていたKICK THE CAN CREWの「マルシェ」を聞いたことがきっかけです。

不可思議/wonderboyはKICK THE CAN CREWとの出会いについて「韻を踏むことが新鮮でカッコいいなと思った」と語っています。

その後、中学を卒業し埼玉県立川越高等学校に入学した不可思議/wonderboyは文化祭のステージでラップを披露

無理矢理連れてきたという友達2人にもラップをさせKICK THE CAN CREWの完コピで「sayonara sayonara」などを歌ったそうです。

ちなみに不可思議/wonderboyはこの文化祭での初ステージについて「あれは黒歴史ですね。もうほんとにサヨナラしたい思い出です」と語っています。

大学に入学しラップを始める

高校を卒業した不可思議/wonderboyは地元である埼玉大学の教育学部に進学します。

大学ではテクノやハウスをしているDJが多いイベントサークルに入ったという不可思議/wonderboy。

このサークルでよくお酒を飲んではしゃいでいたことから、自身の名前の由来でもある「ワンダーボーイ」というあだ名が付けられたそうです。

不可思議/wonderboyは当時の環境について「よくいる大学生的な大学生でしたが、あまりなじめてはいませんでした」と語っています。

また、ラップのリリックを書き始めたのはこのころからで、特にエレクトロニカなどのインスト系の音楽を聞いてイメージが浮かんできた時にいいリリックが書けると語っています。

SSWS(新宿スポークンワーズスラム)でポエトリーリーディングと出会う

不可思議/wonderboyが、その代名詞とも呼べるポエトリーリーディングと出会ったのは、彼が大学3年生になった頃だそうです。

当時SSWSへの出場を決めた不可思議/wonderboyはその下見の為、予選の見学に向かいます。

そこで今村知晃という詩人のパフォーマンスを目の当たりにした不可思議/wonderboyは、その衝撃に「完全に価値観をひっくり返された」と語っています。

今村知晃のパフォーマンスは、終始自分の働いている会社の売り物である「イス」の話をするというものだったそうです。

不可思議/wonderboyは当時の衝撃について「急に叫び出したり、マイクがあるのに地声で叫んでたり。ライムもなければビートもない。なんて自由なんだ…と感じました」と語っています。

この今村知晃のパフォーマンスが、不可思議/wonderboyとポエトリーリーディングとの出会いだったそうです。

SSWSで優勝するなど、ポエトリーリーディングの第一線で活躍

詩人、今村知晃のパフォーマンスに衝撃を受けた不可思議/wonderboyはその後、ポエトリーラッパーとしての才能を開花させていきます。

手始めにSSWS(新宿スポークンワーズスラム)のチャンピオントーナメントで優勝を果たすと、続いておこなわれたYSWS(横浜スポークンワーズスラム)のグランドチャンピオンシップにも優勝。

同時期には自身初の音源となる「不可思議奇譚 demo.ep」というデモを限定リリースするなど、精力的に活動を続けます。

人が通り過ぎる路上ライブ

楽曲を制作すると同時にライブにも力を入れ始めた不可思議/wonderboy。当時はまだ知名度もなく、路上ライブではたった6人程の観客しか集めることが出来ませんでした。

通行人がどんどん素通りしていく中でも「いつか絶対うれるんで」「10秒だけチャンスを下さい」と声を張り上げ、鬼気迫る表情で路上ライブをおこなう姿は現在でもYouTubeに残され、多くの人々の心を打っています。

イベント「俊読」に出場

また、不可思議/wonderboyは、詩人である谷川俊太郎さんの詩を詩人やミュージシャン、演劇人ら様々なジャンルの人が自分の解釈で表現をするというイベント「俊読」にも出場。

俊読では谷川俊太郎さん作の詩「生きる」をラップにしてパフォーマンスを披露し、高い評価を得ます。

その後「生きる」は不可思議/wonderboyたっての希望もあり音源化されることになります。

不可思議/wonderboyは当時のことについて

”イベント(俊読)が終わってから数日後に「もし良かったら音源にさせてください」とFAXさせていただきました。そしたらすぐにケータイに電話がかかってきて「谷川俊太郎ですけど…」って。「全然大丈夫だよ。出来上がったら聞かせてね」と言われ、あぁなんて理解のある方なんだろうと思いました”

と語っています。

音源化された「生きる」は結果として、東日本大震災の2日後にYouTubeにアップされることになります。

本来であれば違う形で発表される予定だったそうですが、少しでも被災によって絶望したり、悲しんだりしている人たちの力になればと、公開を決意したそうです。

1stアルバムを発表するも、その1か月後に不慮の事故死でこの世を去る

震災に苦しむ人たちを音楽で救おうというチャリティー音源「生きる」を発表した不可思議/wonderboyは、震災から約1か月半後に念願となる1stアルバム「ラブリーラビリンス」を発表します。

アルバム内には自己の迷いや戸惑いを情緒的でセンチメンタルなトラックに乗せて紡がれる楽曲が多く収録されています。

一方、幻想的な詩やラップは聞いている人の心を優しく包み込んでくれるような安心感もあり、まさしく不可思議/wonderboyの魅力がいっぱいに詰まった1作と呼んでいいでしょう。

しかし、アルバム発表から1か月がたった2011年6月23日、不可思議/wonderboyは不慮の事故でこの世を去ることとなってしまいます。

死因は歩行中に車に轢かれてしまうという交通事故。同じくポエトリーラッパーである狐火のPV撮影現場に向かう途中の事故だったそうです。

1stアルバムを発表し、これから知名度を高めていこうとした若きアーティストの事故死は、結果として日本語HIPHOPシーンに大きな闇を落とすこととなりました。

しかし、不可思議/wonderboyが作った楽曲はその死後に大きく評価されるようになり、今では日本語ポエトリーリーディングを語るうえで絶対に外せない存在になっています。

不可思議/wonderboyの人気曲は?

不可思議/wonderboyの人気曲と、pucho henza編集部の一押し曲を紹介していきます。

不可思議/wonderboyの人気曲①「Pellicule」

YouTubeの再生回数は3030万回を超える、不可思議/wonderboyの大人気曲です。

サッカー選手になる夢が諦めきれず、タイの下部リーグでサッカーをし続けている友人のことを考えながら書いた曲だそうで、センチメンタルなピアノのトラックと不可思議/wonderboyの優しいラップに思わず涙が出てしまいそうになる1曲です。

不可思議/wonderboyの人気曲②「生きる Reflection Eternal LHW? Remix」

詩人、谷川俊太郎さんの詩「生きる」をラップアレンジした名曲です。

「いつかは死ぬとわかっていながら 永遠なんてないとわかっていながら それでも人は愛するということ」という詩が素晴らしいですよね。

不可思議/wonderboyの人気曲③「暗闇が欲しい」

自己の中にある葛藤を歌い、自問自答を重ねながらも、どこか前向きで明るい気持ちにさせてくれる名曲です。

不可思議/wonderboyの楽曲では珍しく、疾走感のあるトラックも聞き心地バツグンです。

編集部おすすめ曲「【路上LIVE】銀河鉄道の夜

Pelliculeなどを歌った伝説の路上LIVE映像から、命のはかなさを感じさせてくれる詩が美しいおススメの1曲です。

LIVE中に目の前を通り過ぎる人たちに向け「10秒チャンスを下さい」と呼びかける不可思議/wonderboyのひたむきさに心を打たれます。

不可思議/wonderboyと仲のいいラッパー

不可思議/wonderboyはその明るく前向きな性格から人に好かれることが多かったようです。

今回はその中でも特に不可思議/wonderboyと仲が良かったラッパーを2人紹介します。

神門

ポエトリーリーディングを特徴とする神戸出身のラッパー神門は、不可思議/wonderboyと仲が良いラッパーとして知られています。

不可思議/wonderboyが亡くなった後は、不可思議/wonderboyの名曲Pelliculeをアレンジして発表。

突然この世を去った友に対する想いを心のままに綴り、多くの人々からの共感を得ました。

MOROHA

同じくポエトリーリーディングを得意とし、THE FIRST TAKEでのパフォーマンスも話題になったMOROHAも、不可思議/wonderboyと仲が良かったことで知られています。

同じレーベルLOW HIGH WHO? PRODUCTIONに所属していたこともあり、ふだんから交友があったという不可思議/wonderboyとMOROHA。

不可思議/wonderboyはそんなMOROHAの動画を初めて見た際「僕のやりたいと思っていたようなことをすでに完成させていた」と衝撃を受けたそうで、動画を見た翌日にはMOROHAのライブに足を運びデモCDを交換したと語っています。

気になる不可思議/wonderboyのアレコレ

ここまでは、日本語ポエトリーリーディングの第一人者である不可思議/wonderboyの生涯やおススメの曲について紹介してきました。

ここからは不可思議/wonderboyのファッションなど、気になるアレコレについて紹介していこうと思います。

不可思議 wonderboyのファッション

不可思議/wonderboyのファッションスタイルで特徴的なのが、クラウンが長い帽子です。

不可思議/wonderboyはこの帽子を愛用していたようで、路上ライブなどでもこの帽子を着用している様子が残されています。

また、服装もブランド物はあまり好まず、古着っぽい雰囲気のあるラフなスタイルのことが多かったようです。

不可思議/wonderboy好きの有名人

24年という短い人生の中で、その才能を発揮し、命の美しさを体現した不可思議/wonderboyは有名人のファンが多いことでも知られています。

有名バンドグループであるSEKAI NO OWARIのメンバーであるSaoriさんや、人気タレントのきゃりーぱみゅぱみゅさんらが自身のSNSで不可思議/wonderboyについて投稿している他、Pelliculeの路上ライブ映像には大人気ユーチューバーのHIKAKINさんがコメントを残すなどしており、有名人にも大きな影響をあたえていることがわかります。

詩人谷川俊太郎との関係

合唱が盛んな学校に通っていたという不可思議/wonderboyは、中学生のころから合唱曲の歌詞として毎日谷川俊太郎さんの詩に触れていたそうです。

そのこともあり、不可思議/wonderboyは谷川俊太郎について”生きた化石というか、行ける伝説というか。自由の象徴といった感じ”と語っており、一晩中ずっと谷川俊太郎の詩の解釈に挑んだ日もあったとしています。

そんな憧れの詩人と俊読で共演し、谷川俊太郎の詩を元にした楽曲を制作できるようにまでなったことについてもとても喜びが大きかったようです。

不可思議/wonderboyが胸に秘めていた野望とは?

念願であった1stアルバムの発表から1か月ほどでこの世を去ったものの、今なお人々の心の中に生き続けているポエトリーラッパー不可思議/wonderboy。

では、彼はいったいどのような野望を胸に秘めてポエトリーラップをし続けていたのでしょうか。最後に、彼の語った言葉から、不可思議/wonderboyが胸に秘めていた野望を考察します。

絶対に売れたい

不可思議/wonderboyは今や伝説とも言われる路上ライブで「いつか必ず売れるんで」「いつか俺が売れた時に自慢してください」と何度も叫んでいます。

結果的に6人の観衆しか集められなかったライブではありますが、自身のCDを手売りし”散々だったぜ”!”と悔しがりながら”また(ライブ)やろう!”と前向きに笑顔を見せる姿から、彼の売れたいという思いが良く伝わってきます。

ももクロみたいに凄いパフォーマンスがしたい

不可思議/wonderboyは以前、影響を受けたアーティストについて聞かれた際に、アイドルグループであるももいろクローバーZの名前をあげています。

当時ももクロのパフォーマンスは動画でしか見たことが無かったという不可思議/wonderboyですが、ももクロのパフォーマンスについて

「音楽ってやっぱり上手いとか下手では無く、凄いかすごくないかだよなぁと思わせてくれました”とし、続けて”ももクロみたいに凄いパフォーマンスがしたいです」と語っています。

ラッパー不可思議/wonderboyまとめ

pucho henza

「不可思議/wonderboyはなかなか売れないという困難を、持ち前の明るさと前向きさで乗り越えた。」

SSWSで見たポエトリーリーディングのパフォーマンスに衝撃を受け、自らもポエトリーラッパーとして売れようと活動を続けていた不可思議/wonderboy。

しかしその活動は決して順調なものではなく、路上ライブをおこなってもたった6人の観客しか耳を貸してくれないということもある毎日でした。

しかし、詩人である谷川俊太郎との出会いなどを経験し、徐々にその知名度を高めていった不可思議/wonderboy。

東日本大震災が発生した際には、被害に絶望する人に向けてチャリティー音源を発表するなど、音楽や言葉の力を誰よりも信じたアーティストが不可思議/wonderboyです。

残念ながら彼は2011年6月に24歳の若さでこの世を去っています。

しかしその死後、彼の音楽は人々に認められ、今では日本語ポエトリーリーディングを語るうえで絶対に外せない存在になった不可思議/wonderboy。

「絶対に売れたい」という夢を生前に叶えることはできませんでしたが、彼の音楽に救われたという人が多いことに間違いはありません。

みなさんも不可思議/wonderboyの生涯や夢に思いをはせながら、彼の曲を聞き直してみてはいかがでしょうか。

きっと日本語ラップが持つ、新たなパワーを感じることができると思います。

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この記事を書いた人

国内No1のPV数を誇るHIPHOPメディア。
慶應義塾大学を卒業したHIPHOP好きの2名で運営。
<保有資格>
・DJ検定2級
・サウンドレコーディング技術認定
・映像音響処理技術者資格認定

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