ラッパーUZIのプロフィール紹介|その壮絶な生い立ちから最新の人気曲まで徹底解説 

日本でも屈指のラッパーZeebraとコラボした「knock Out」や、掛け声のうぇいよー、人気番組「フリースタイルダンジョン」の司会を務めていたことでも有名なラッパーUZI(ウジ)。

日本ヒップホップシーン黎明期の頃から実力派として活躍し、日本のヒップホップをメジャーに押し上げた伝説的な人物のひとりです。今はプロ格闘技のリングアナ、プロゲーマーになるなどマルチに活躍しています。

そんなUZIですが、華々しい経歴の裏には困難がありました。
彼の曲に込められた思いや、経歴を紐解くことでヒップホップをもっと楽しめること間違いなし!それでは早速 Check it out!
 

pucho henza

「UZIは〇〇の困難を、△△で乗り越えた。」

目次

ラッパーUZIのプロフィール

アーティスト名UZI(ウジ)
本名許斐 氏大(このみ うじひろ)
年齢49歳(1974年1月29 日 生まれ)
身長 185cm
出身地東京
拠点(レペゼン)東京
学歴慶応大学
所属レーベルポリスター、ポニーキャニオン


ラッパーUZIは1974年に福岡の武家・許斐氏の末裔として東京で生まれました。

現在も東京を中心に活動しています。

UZIのラップスタイル

UZIのラップスタイルを一言でいうなら「男らしさ全開」です。恵まれた声質から生まれる力強いフロウが特徴で、彼の声はズシンと体の芯まで響きます

リリックは自己賛美・自画自賛といったセルフボーディングが基本。さらに自分の趣味である、漫画やパチンコ、酒、歴史をテーマにすることでUZIにしか出せない、男らしい世界観を作り上げています。

ラップは勿論ですが、リングアナとしても魅力的な「美声」を是非聞いてほしいです。

ラッパーUZIの名前の由来

許斐 氏大(このみうじひろ)が本名なのでそこからUZIと名づけました。

UZIという名前は、幼稚園の頃から使っていたそうです。

慶応から始まるUZIの人生

幼少期〜小学時代

氏族「許斐家」の末裔として東京に生まれる。
裕福な家庭に育ち、慶応幼稚舎に入る。

中学時代

ラグビー部を2年続け退部し、柔道部に入る。
当時はロックが好きでてよく聞いていた。

高校時代

不良として有名でピンクサロンやパチンコに通う
高校を1回留年、zeebraに出会い、日本語ラップに目覚める。

大学時代 

猛勉強の末、慶応義塾大学に合格。
7年半かけて卒業。

在学中にデビューし、マルチに活躍

伝説のヒップホップイベントさんぴんCAMPに参加。
1997年にポニーキャニオンよりデビュー・リングアナ、プロゲーマーとして活躍。

フリースタイルダンジョンの司会をつとめるも逮捕

2015年にフリースタイルダンジョンの司会を務め、番組の顔になり知名度をあげる。
2018年に大麻所持で逮捕。

現在

2020年に釈放。
ラッパー、リングアナウンサーとして活動を再開する。

許斐家の末裔として東京で生まれ、裕福な環境で育つ

UZIは福岡の武家・許斐家の末裔として東京で生まれました。祖父はクレー射撃のオリンピアンでありながら、実業家の顔を持つ許斐氏利。テニスの王子様の作者である許斐剛は親戚です。

とても裕福な環境で育ったUZI。裕福ぶりを示すエピソードとして幼少期はロールスロイスで送迎されていました。

慶応幼稚舎に入学するも、勉強は全くせず絵ばっかり描いていました。

小さい頃から漫画にハマる

ゴルゴ13や昭和極道史といった劇画漫画に出会い、のめりこんでいきます。
UZIがもつ男らしい世界観に大きく影響を与えました。

小さい頃に出会った劇画漫画家・平田弘史の劇画が特に好きで、後に自身のアルバムジャケットのデザインを依頼しています。

ちなみに小4にして濡れ場シーンは全て読んでいたそうです。

スポーツをし、ロックを聴き、ゲームにハマる中学時代

体を動かすことが好きで中学時代は、2年間ラグビー部に務めるも成績が良くなく退部。最後の1年間は柔道をやっていました。

中学時代は、ヒップホップではなくBOOWYといったロックバンドの音楽をよく聞いていました。また、「ストリートファイター」にはまり、この時期からゲームセンターに入り浸るようになりました。

ヒップホップを聴き、不良として知られるようになる高校時代

エスカレーター式に慶応義塾高校に進学し、高1の時にヒップホップに出会います。悪い先輩の影響もあり、不良として知られるようになりました。

16歳でピンクサロンの常連となり、煙草を吸いながらパチンコ店にも通っていたそうです。

Zeebraと運命の出会いを果たし、日本語ラッパーの道へ

成績不良で高校を落第し、六本木のゲーセンで遊んでいた所、偶然その上のクラブでキングギドラがライブをやっていました。高校で面識のあるDJ OASISに声をかけ、誘われる形でライブを見に行くと、zeebraの日本語ラップに衝撃を受けます。

それまでUZIは日本語ラップはダサいと思っていましたが、その考えはZeebraによって覆されます

その後についてインタビューではこのように語っています。

それまで「日本語ラップはクソだせー」って、英語のラップばかり聴いてたんです。でも、その日のキングギドラのライブを観てやられました

「うぇいよー!」UZIインタビュー 3つの顔を持つラッパーの正体

Zeebraと運命の出会いを果たしたことでラッパーUZIが誕生し、日本語ラッパーへの道を進むことになりました。

風邪薬を一気飲みして勉強し、慶応義塾大学に合格

高校は落第するも、風邪薬を一気飲みしてキマり勉強にハマって人生で一番勉強します。

そのおかげで慶応義塾大学の法学部政治学科に見事合格しました。

ちなみに今の風邪薬は成分が抑えられているのか一気飲みしてもキマらないそうです。

慶応義塾大学卒業と、脅迫メール疑惑

UZIは7年半かけて大学を卒業しました。

ラッパー中心の生活になり、なかなか大学に行けない状態でしたが、徐々に単位を取得。
あと1つ単位をとれば卒業という段階まで行きますが、担当講師ともめてしまいます。

その際に送信したメールの内容が問題になります。しかし、慶応に対する熱い思いを法学部長に語ったことが功を奏し、課題をもらうことに成功。課題を提出することで最後の単位を取得し、無事に卒業します。

当時ラッパーとして生きていくと決めており、稼ぎもあったのですが、慶応という環境を与えてくれた両親に対する恩返しで卒業を目指しました。

在学中にさんぴんCAMPに参加し、デビューしマルチに活躍

日本語ラッパーとしてめきめきと実力をあげていくUZI。1996年日本ヒップホップの伝説のイベント「さんぴんCAMP」に参加し、フリースタイルをかますなどアングラ界で実力派として地位を高めていきます

翌1997年にポリスターより「ライトオン」でデビュー。その後、諸事情により、活動を休止します。その後2001年に「9㎜」、2002年「Knock Out」、2003年「ひとり酒」と立て続けにリリース。人気を博し、実力派としての地位を不動のものにします。

同時期に石井館長と知り合いK-1のリングアナウンサーとしてキャリアをスタート。2014年にはプロレスのリングアナウンサーも務め、格闘技の6団体専属で行うまでに活躍します。

また、サッカーゲームのウイニングイレブンのプロゲーマーとして2007年にプロ契約を結ぶなど活動の幅を拡げていきました。

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