ラッパー2PACのプロフィール紹介|その壮絶な生い立ちから最新の人気曲まで徹底解説

HIPHOPの歴史を語る上で間違いなく重要な人物として名前の挙がるラッパー2PAC。HIPHOPの大きな転換期となった東西抗争の主役であり、スキャンダラスな人生を歩みわずか25歳の若さで惜しまれながらこの世を去りました。

ギャングスタラップでありながら歌うようなフロウと、キャッチーなフックが魅力の名曲揃いのラッパーです。母親や仲間への愛を歌ったラップから、四方八方を攻撃する怒鳴るようなラップまで幅広いスタイルが特徴となっています。

未発表曲のリリースが今でも続き、死語もHIPHOPだけにとどまらず音楽シーンへ多大な影響を及ぼす2PACですが、幼い頃から常にスキャンダルと隣り合わせの苦悩がありました。

彼の生涯と、リリースされた曲に込められた思いを紐解くことでHIPHOPをさらに楽しめること間違いなし!それでは早速 Check it out!
 

pucho henza

「2PACは◯◯という困難を、△△で乗り越えた。」

目次

ラッパー2PACのプロフィール

アーティスト名2PAC(トゥパック)
本名トゥパック・アマル・シャクール
年齢享年25歳(1971年6月16日生まれ)
身長176cm
出身地ニューヨーク市マンハッタン区ハーレム地区
拠点(レペゼン)西海岸
学歴高校中退
所属レーベルDeath Row Records


ニューヨーク市に生まれますが、その後母親と転々と生活拠点を変えながら暮らします。

レイプ疑惑で逮捕された際に、獄中で西海岸を拠点とするDeath Row Recordsと契約。東海岸のノトーリアス・B.I.G.のビーフをきっかけに東西抗争へと発展していきます。

2PACのラップスタイル

2PACはギャングスタラップで知られ、そのスタイルはダーティーなサウンドに現実的な歌詞を載せることで特徴付けられます。

彼の音楽は、他のギャングスタラップアーティストとは異なり、歌うようなフロウが顕著であり、バラードに近い曲調のラップも自在に操りました。例えば「Dear Mama」のような曲はその一例です。

さらに、彼の楽曲には黒人差別や社会問題へのメッセージが強く込められており、1曲でストーリーを展開するなど、奥深いリリックも魅力の1つといえるでしょう。

2PACの音楽は単なるリリックの羅列ではなく、その背後には深い物語があり、リアリティを反映しています。

2PACの名前の由来

2PACの名前は本名のトゥパック・アマル・シャクールから来ています。“Tupac Amaru”という部分は、古代インカ帝国の指導者であるトゥパック・アマルに由来し、2PACの母親が名付けました。

トゥパック・アマルはインカ帝国の最後の指導者であり、インカ帝国の再興を目指してスペインに対する反乱を起こした人物です。この名前は、2PACの自己表現や彼の音楽における力強さと抵抗の精神を象徴しているといえるでしょう。

ブラックパンサーから始まる2PACの人生

幼少期〜小学生時代

ニューヨークのハーレムに生まれる
黒人政治団体ブラックパンサー党の母のもとで育つ

中学生時代

ギャングスタの父親と初めて会うがその年に死亡
ハーレムの劇団に入団

高校時代

ニューヨークのアポロシアターで初舞台
演劇、バレエを学ぶ
母親が麻薬中毒になり高校も中退

デジタルアンダーグラウンド時代

MCニューヨークとして楽曲「Same Song」に参加

デビュー後

デジタルアンダーグラウンドを脱退しソロデビュー
映画「ジュース」で俳優デビュー
5発の銃弾を被弾する事件
西海岸のデス・ロウ・レコードと契約
アーティスト名を「マキャベリ」に改名
4発の銃弾を被弾し25歳で死亡

現在

ニューヨークのハーレムに生まれる

2PACは、ブラックパンサー党に所属していたアフェニ・シャクールという母親のもと、ニューヨークのハーレムで生まれました。彼の父親は幼少期から不在であり、母親が彼にとっての唯一の肉親であり、強い影響を与えています。

また、ハーレムはその当時、アフリカ系アメリカ人コミュニティの中心地であり、アフェニの政治活動や地域の環境が2PACの成長に大きな影響を与えました。

1980年代から1990年代にかけて、ハーレムはドラッグの蔓延という問題に直面しましたが、それでも2PACはその環境の中で育ち、後にその経験を彼の音楽やメッセージに反映させることになります。

母親が麻薬中毒になり高校中退

2PACは、家族とともに貧しい生活を送りながら、貧困や社会の不公正を身近に感じていました。母親であるアフェニ・シャクールが麻薬中毒に陥り、家庭は崩壊の危機に瀕します。

そのため、2PACは高校を中退し、家族を支えるために自ら収入を得る必要がありました。彼はストリートで売人として生計を立てることになります。

しかし、その経験が彼の人生観を変え、音楽で自らの心情や社会の問題を表現する道を見出しました。2PACは音楽を通じて、自身の経験や感情を伝え、貧困や差別に苦しむ人々の声を代弁することを目指すようになるのです。

デジタルアンダーグラウンド時代

2PACがオークランドで出会ったデジタルアンダーグラウンドという人気グループとの関わりによって音楽としての才能が開花します。デジタルアンダーグラウンドは既に一定の知名度を持っており、2PACはオーディションに参加し、ダンサー兼ラッパーとしてグループに加わりました。

デジタルアンダーグラウンドは来日公演を行う際にも2PACを同行させ、彼の才能を高く評価します。デジタルアンダーグランドとしての活動は、2PACがラップとパフォーマンスのスキルを磨き、ヒップホップシーンでの経験を積む重要な時期となりました。

デジタルアンダーグラウンドを脱退しソロデビュー

2PACは、デジタルアンダーグランドでの活動を経て、ファンクに近い音楽ではなく、より政治的なメッセージを込めたヒップホップを表現したいと考えるようになりました。彼は黒人の貧困やドラッグなどの社会問題を表現したい強い意志を持っています。

1991年にデジタルアンダーグラウンドを脱退し、ソロデビューアルバム「2Pacalypse Now」をリリース。このアルバムは、スラム街の現実をリアルに描いた内容であり、社会的な問題に対する2PACの怒りや矛盾した感情がそのまま反映されています。

このアルバムは世界中で大きなインパクトを残し、2PACを新たな時代のヒップホップの先駆者として確立させることになりました。

5発の銃弾を被弾する事件

2PACは音楽や映画で成功を収め、1991年には「Juice」での演技でさらに知名度を高めていました。しかし、1994年にニューヨークで銃撃事件に遭い、5発の銃弾を浴びることになります。

奇跡的に一命を取り留めた2PACは、事件の背後にノトーリアス・B.I.G.ディディーが関与している可能性を疑いました。この事件は、2PACの西海岸を拠点とするデス・ロウ・レコードとの契約を機に、東西のヒップホップシーンの間で緊張が高まり、歴史に残る東西抗争へと発展していきます。

4発の銃弾を被弾し25歳で死亡

2PACは、デス・ロウ・レコードとの契約後、ドクタードレやスヌープドッグと共にギャングスタラップの頂点に立ち、数々のミリオンセラーや全米1位のヒットを記録します。

しかし、1996年、友人のマイク・タイソンの試合を観戦した後、横付けされたキャデラックから4発の銃弾を受け、彼は6日後に病院で亡くなりました。

この事件の真相は未解決のままであり、2PACの死はヒップホップ界に衝撃を与えました。2PACの早すぎる死は、彼のキャリアを絶頂期で終わらせる悲劇であり、ヒップホップ文化に大きな損失をもたらしました。

その後も、彼の楽曲やメッセージは多くのファンに愛され、彼の人格と音楽の遺産は今なお尊ばれています。しかし、彼の死に関する犯人は見つかっておらず、謎は未解決のままであり、多くの人々が事件の真相を知りたいと願っています。

2PACの人気曲は?

2PACの人気曲と、pucho henza編集部の一押し曲を紹介していきます。

2PACの人気曲①「2 Of Amerikaz Most Wanted ft. Snoop Dogg」

西海岸を代表するラッパースヌープドッグとの共演が話題を呼んだ曲。ダズディリンジャーの不穏なビートの上で2PACとスヌープドッグが掛け合いでラップをしています。

2PACの人気曲②「Changes ft. Talent」

2PACの歌うようなフロウとメロディアスな曲調が特徴的な楽曲。ポップなサウンドではありますが、リリックは黒人に対する警察の暴力を歌った社会性のあるメッセージとなっています。

2PACの人気曲③「Dear Mama」

母アフェニ・シャクールへの思いを綴った2PACの中でも重要な楽曲。他の曲とは違い、ゆったりとしたトラックに乗る、普段みられない2PACの優しいラップが特徴的な名曲です。

編集部おすすめ曲「California Love ft. Dr. Dre and Roger Troutman」

ドクタードレのGファンクトラックが最高にかっこいい楽曲。デス・ロウ・レコードに移籍して最初の曲です。カリフォルニアを歌った曲の中でも有名な曲の1つといえるでしょう。

2PACと仲のいいラッパー

デス・ロウ・レコードへの移籍が2PACの1つの転換期となっています。デス・ロウ・レコードとの契約でデス・ロウ・レコード所属ラッパーとの楽曲が増えました。

Snoop Dogg

スヌープ・ドッグは、アメリカのヒップホップアーティストであり、ラッパーです。彼は1990年代初頭に2PACやドクター・ドレと共にギャングスタラップの一翼を担い、West Coastヒップホップシーンで大きな成功を収めました。

Gファンクトラックの独特のスタイルや魅力、そしてリラックスした独特のラップスタイルは多くのファンを魅了します。デビューアルバム「Doggystyle」は大ヒットし、ヒップホップ史上最も売れたアルバムの一つとなりました。

Dr. Dre

ドクター・ドレはアメリカのヒップホップアーティストであり、プロデューサーです。元はN.W.Aの一員として知られ、その後ソロアーティストとしても成功を収めました。

アルバム「The Chronic」はWest Coastヒップホップの金字塔として位置付けられ、ギャングスタラップの先駆的作品です。彼は多くのトップヒットを生み出し、ヒップホップシーンでその影響力を確立しました。

また、ドレはプロデューサーとしても成功し、Snoop DoggやEminemなどのアーティストのキャリアを形成しています。

気になる2PACのアレコレ

ここでは、2PACの気になる部分を詳しくみていきましょう。

2PACのファッション

2PACは生前「カーハート」を好んで着用していました。今でも残る写真や映像にはカーハートを着こなした2PACが多くみられます。

また、死後は2PACの名言や、印象的な写真を模したTシャツ、パーカーなども多く発売されているようにファッションへの影響力も絶大です。

2PACが生きてる説

2PACは現在でも存在し、彼がキューバで生きてる説が広まっています。この説は、2PACらしき人物がキューバで目撃され、その様子が動画としてYouTubeに投稿されたことで一部で話題となりました。

さらに、彼の叔母がキューバに住んでいる事実も、生存説を助長する要因になっています。しかし、これらの証拠は十分なものではなく、公式な発表もないため、生存説はあくまで憶測に過ぎません。

2PACの死に関する真相は未解決のままであり、そのためにさまざまな憶測や説が生まれることになりました。

2PACの母親

2PACの母親は、黒人の人権運動や解放運動をする政治組織「ブラックパンサー党」の一員でした。刑務所で2PACを出産し、彼の人生の早い段階から影響を与えています。

母親の政治活動や家庭崩壊などの経験は、2PACの音楽やリリックに大きな影響を与えました。彼は自身の曲でこれらのテーマを取り上げ、死後もなお未発表曲で社会的メッセージを発信し続けています。

2PACのこれからの野望とは?

2PAC自身は25歳の若さでこの世を去っています。ただし、未発表曲は今でもリリースされ、有名なエミネムとのコラボも公式に発表されているなど、まだまだ影響力は健在です。

未発表曲とベストアルバムのリリース

2023年段階でも、未発表曲の新曲が噂されています。遺産管理団体によって新曲が近いうちに発表されることを公表しました。

デス・ロウ・レコードと遺産管理団体は2PACの権利関係で揉めていましたが、5年間にも及ぶ訴訟で和解。その際に未発表曲の権利も渡されたと噂されています。

これからも2PACの新曲が聴けるのはファンとしても嬉しいところですね。

MAKAVELI(マキャベリ)としてやりたかったこと

彼は生前、MC名を「MAKAVELI(マキャベリ)」に変更しました。これは、デス・ロウ・レコードとの契約解消を視野に入れた行動だったと噂されています。

デス・ロウ・レコードでは血気盛んな問題児を演じていた2PACでしたが、サグライフにはもう戻りたくないと婚約関係にあった人に漏らしていました。

もし彼が生きていたら、2PACのラップスタイルはより変化していた可能性があるでしょう。彼はマキャベリとして新たな音楽の方向性やアーティストとしてのアプローチを模索していたと考えられ、その進化が惜しまれます。

ラッパー2PACまとめ

pucho henza

「2PACは黒人の貧困という困難を、音楽と表現で乗り越えた。」

2PACは幼い頃から黒人の貧困問題、ドラッグ問題、差別を目の当たりにしてきました。黒人解放運動に参加していた母親からの影響も大きく受けています。そのような困難をラップに吐き出すことで乗り越えてきました。

「目の前の問題をどうやっても解決できない」という悩みは、誰もが持っているものです。

そんな方は、2PACのように強い意志を持って信念を通すことで、どんな悩みも乗り越えられるのではないでしょうか。

なにはともあれ、まずは2PACの「California Love ft. Dr. Dre and Roger Troutman」を聴いてみてください!

死後もなお、ラッパーとして、カルチャーとしてさまざまな影響を与えている2PACから目が離せませんね!

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この記事を書いた人

国内No1のPV数を誇るHIPHOPメディア。
慶應義塾大学を卒業したHIPHOP好きの2名で運営。
<保有資格>
・DJ検定2級
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